平凡だけど特別な。 -6ページ目

歩こう。

ぼくは最近、毎日、息を切らして走ってる。


5年生になったクラス替えで、家がわりと近い子と友達になった。


彼は走るの好きでとても早く走れるので、毎日下校時刻になると


「家まで競争しようぜ」


とぼくを誘う。


校門で彼が「よーいどん」と言ったら、ぼくは走り始める。


ぼくは走るのはあまり得意なほうじゃない。


彼は「風を感じるだろ?」なんて、テレビで聞いたようなことを言うけど


ぼくは正直言って、顔は火照るし、息は苦しいし、風を感じたりしてる余裕はない。


ぼくはぜーはーぜーはーと走っている間に彼の背中は遠のいていく。


だけど、止まることも出来ない。


ぼくの小さなプライドだ。


そして、今日も走ってる。


息を切らしながら、苦しい胸を押さえて


もうすぐ見えなくなりそうなほど離された彼の背中が


苦しいのか


悔しいのか


わからないような気持ちがこみ上げて、ちょっとぼやけた。


ふいにぼくの視界がぐるんとまわった。


転んだと気が付いた時には


ぼくは、地面に転がったまま起き上がれなくなっていた。


かっこわるいぼく。


すりむいた鼻が痛くて顔を上げたら、ぼくの視界の先で


猫が同じように転んでた。


いや、転んでるんじゃないみたいだった。


気持ちよさそうにごろんごろんと転がってるから。


ぼくが猫をじっと見てると、しばらくごろんごろんを繰り返した後


猫は満足げに起きあがった。


休日のお父さんのような座り方をした猫とぼくの目が合った。


猫が笑うように「なー」と鳴いた。


ぼくは慌てて、猫がしていたようにごろんごろんと転がってみた。


けっして、ぼくはつまづいて転んだんじゃないとでも言うように。


猫はそんなぼくを見て、また「なー」と笑ってから立ち上がり


歩いて行ってしまった。


ぼくも立ち上がり、全身に付いた砂を振り払った。


猫はぼくが転んだんじゃないと思ってくれただろうか?


そんなことを考えながら、家まで歩いた。


あの日から、ぼくは走らなくなった。


彼が「競争しようぜ」と言っても「今日はいい」と言っていたら


いつしか彼はぼくを誘わなくなった。


一人で帰り道を歩いていると、「なー」と猫の声が聞こえた。


立ち止まって、声のしたほうを見ると、今日も猫が


休日のお父さんに良く似たカッコでぼくを見てた。


あの日以来、なぜか猫はぼくに声を掛けてくるようになった。


ぼくは、猫に軽く手を振って、また歩き出す。


息を切らして走っている時は感じなかった、風をぼくは感じてた。